万葉の花とみどり
あさがほ   朝皃 安佐我保  アサガオ
展轉び恋ひは死ぬともいちしろく 色にはいでじ朝貌の花
作者未詳 巻十 2274 
『読み』こいまろびこいはしぬともいちしろく いろにはいでじあさがおのはな
『歌意』恋焦がれ、もだえ死んでしまうのではと思うほど苦しんでいる・・・。でも、その想いははっきりと顔色には出しませんとも。そう、あのあさがほの花のようには。
正統派アントシアンブルー:多種多様なアサガオが出回る一方、オーソドックスな種も人気が高い。
顔色を表す花
 歌は、顔色にこそ出さないけれど、この恋心をどうかわかって欲しい、というところだろうか。「貌」という文字が示す通り、気持ちが顔色に表れるという表現から、アサガオはなるほど擬人化にふさわしいし植物であるように思われる。色、模様ともたくさんの改良種があり、ポピュラーな花として、楽しみ方のヴァリエーションも豊富な花だといえる。また、ツル性を利用した植栽の工夫もいろいろあるだ。例えば、ツルを二階まで誘引し、夏の日除けにすると良いのだが、遠目で見るとまるでみどりの拡大スクリ−ンに映し出される花火のように、大輪の花が毎日咲き乱れる様子はなかなかの風情。アサガオの名だがが、毎朝決まって開花し昼にはしぼんでしまい、まるで朝のあいさつのような開花周期を持つことからその名は、なるほどを納得のいくネイミングのような気がする。しかし、この『アサガオ』という植物、現代の種をそのまま万葉時代についても当てはめることができるかどうか、次節に述べるような複雑な事情があるのだ。

あさがほ論争

 『アサガオ』の名ですが、当時から朝に咲くからアサガオ、昼頃ならヒルガオ、夕方ならユウガオと呼んでいたということなら自然。しかし、問題はそれほど単純ではない。まず、現在のツル性のアサガオ(またはそれに近い種)が、当時すでに渡来していたものかどうか、確証がない。文献上は、現在のツル性アサガオは平安初期(799年か?)に渡来したというのが通説であるため、万葉で詠まれた「あさがほ」に比定するのは不都合があるらしい。では、いったいどの植物が適当なのかと、古くから議論がなされてきたのがいわゆる『あさがほ論争』だ。遺伝子解析により、原産地がネパール高原であることは明らかになっているが、日本には遅くとも8世紀末に、遣唐使により薬草などとともにシルクロードを経て持ち込まれていたと考えられる。
 平安のメジャー作品である源氏物語や枕草子に記述のあるものは、すでに現在のツル性「アサガオ」と見て間違いないが、山上憶良の「秋の七種」には秋の野に咲く花とあり、果たして現在のアサガオが適合するかどうか…。また、次の万葉歌に「あさがほ」が夕方になっても咲いている様子が詠み込まれている。
あさがほは朝露負いて咲くといえど 夕影にこそさきまさりけれ
作者不詳 巻十一・2104 
 歌意は「朝顔は朝露に濡れて咲いているのが美しいというが、夕方の光を受けて影を落とす様子の方がより美しいと思う」となり、ここでは夕方にも咲く生態が明らかである。そこで、ヒルガオの他、ムクゲ、キキョウ(牧野太郎博士説)も「あさがほ」の有力な候補としてあげられてきたが、木本であるムクゲが秋の野の七種とするのはどうか、数日間咲き続けるキキョウ、早朝には咲かないヒルガオ…どれもこれだという決め手に欠け、今だ決着を見ない。
キキョウ:もちろんツル性なし ムクゲ:野草とは言えない本木
「アサ」と「カオ」のイメージから
 原種に近いツル性のアサガオは考られているより早く渡来していた可能性はどうか。実際の渡来時期は、文献上の時期よりもかなり遡る傾向があるのはなにも植物に限らない。特に万葉時代は、様々な事物が大陸から渡ってきたが、距離の感覚が現代とはかなり違っていることもあり、数十年から場合により百年程度の幅を持たせることはそう乱暴なことではない。万葉集には「あさがほ」の歌は5首納められているが、「恋…花の色にいでじ」「…朝露負いて…」「…いわばゆゆしみ…穂には咲きでぬ恋…」などの情熱的な表現から、アントシアン系の鮮やかな酸性をイメージできないか。定説のキキョウは、酸性色を持たず、寒色で地味であり、花も数日間咲き続けることから、「朝顔」とするのには少し引っかかる感じがする。また、ヒルガオに比定される「かほばな」との関連だが、万葉人は現在ほど、「朝」「昼」の時間的な隔たりをそれほど厳密に区別して意識していなかったことも考えられる。輪状の花を咲かせるため、同じ「かほ」のつく字を当て、その後平安時代にはいつの間にか自然に受け入れられていたことも考え合わせると、「ヒルガオ」も十分適合するように思われる。
 ところで、我が家ではヘブンリーブルー(heavenly blue 天上の青)という種のアサガオを好んで育てていたが、ご覧の通りその名のごとくシンプルな青が魅力的。実はこの種類、11月中旬まで開花し、早朝から夕方まで咲き続けるという不思議なアサガオ。調べてみると、このヘブンリーブルー、開花時間とその期間の長さを誇るそうだ。それまではただそういう性質を持つ種類なのだろうといった程度で、気にもとめていなかったのだが、あさがほ論争に言及した際にあらためて思い出されたのが「…夕影にこそさきまさりけれ」の歌。朝から夕方まで咲く「アサガオ」の花・・・。
 実は秋の七種の歌の作者である山上憶良は筑前守として天平元〜五年の間九州に滞在していたことが記録に残っている。百済人を父に持つ憶良は二世帰化人として、すでに大陸のアサガオについての知識を有していたかもしれず、秋の野に咲く花の最後の種として「あさがほ」を加えた可能性は十分あるように思われるが、どうか?
   


実験の良教材だった
 
確か、小学校の理科実験の定番で、アサガオの絞り汁の色変化というのがあった。子ども時代に還ったつもりで、花の色素に酸やアルカリを加えた簡単実験を行った。ミョウバンを媒染剤とすれば、布や紙を染め込むこともできる。右画像は、重曹を加えたもの、そのまま、食酢を加えたものの順で、見事に色変化することがわかる。
 さて、アサガオがアサガオである所以は、朝に咲くからに他ならない。では、なぜ朝になると咲くのか。確か学校の授業では、つぼみに筒をかぶせることで開花時間を操作することができる…これは、花が前日の日没時の光の変化を関知し、定時に開花するための体内時計をセットする性質を利用したものであると、学んだ覚えがある。もし、光刺激によってのみ開花時間がセットされるなら、アサガオが生育している場所や前日の天候により、開花時間にもう少しズレが合っても良い感じがする。しかし、実際には同種別環境に栽培されているアサガオを観察してみると、それほどの時間的差違を感じるものではない。これは、鉢植栽培株を屋内に移動させる場合でも同様だ。
 そこでまず、翌朝に咲きそうなつぼみに袋をかぶせ、早朝の光すら浴びないようにしてみた。すると、時間的にはやや遅れるものの、花を開くには違いないことがわかった。やや遅れてというところに少々引っかかりはあるが、薄暗い雨の日でも同じように開花するようだから、まあ納得のいく結果ではある。次に、あさがおの花をテーブル上で咲かせて楽しめないものかと考え、前日にカットしたつぼみを器に放っておいた。ところが、花は咲かず、早朝開花前にカットしたつぼみでものでないとだめなことがわかった。光の影響もあるには違いないとは思い、もしかしたら開花ホルモンが花以外の部分で生成、茎を通じて運搬されるのかとも・・・?光の量を制御して、つぼみをカットする時間との相関を調べると面白いかと考えはしましたが、そのためには秋の夜長を楽しむことなく、超早起きにトライすることを覚悟せねばならない。やはり、自然にはさからわず、花を楽しむのが一番と決め込んだ次第である。



直前にカットしたもの:テーブル上で咲かせるのもまた楽しい
前日にカットしたもの:早すぎると咲かないようだ

管理者『妬持』の声
・・・以前、犬を散歩されている近所の方から「お宅のアサガオは夕方でも咲いているんですねえ、それにもう11月も半ばだというのにほんとに不思議だこと…」と声をかけられたことがあります。確か我が家のアサガオは夕方どころか日没まで咲いていて、晩秋まで花を楽しむことができる種でありました。
それまではそういう性質を持つ種類なのだろうといった程度で、気にもとめていなかったのですが、あさがほ論争に言及した際にあらためて思い出されたのが「
…夕影にこそさきまさりけれ」の歌です。万葉時代にすでに渡来していたアサガオが、開花時間の長い原種アサガオである可能性を考えてみたまでです、悪しからず。
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