万葉の花とみどり
あやめぐさ  菖蒲草 安夜女具佐 ショウブ
ほととぎす厭ふ時なし菖蒲草 縵にせむ日こゆ鳴き渡れ
作者不詳 巻十 1955 
『読み』ほととぎすいとうときなしあやめぐさ かつらにせむひこゆなきわたれ
『歌意』ほととぎすよ、お前をいやと思うときはない。特に、あやめ草を頭に巻いて飾りにする日には、ここを鳴いて通って欲しい。
香りで邪気を払う
 五月五日の端午の節句には、ショウブ湯に浸かる習慣があるが、これは葉の強い香りにより邪気を払い、無病息災を願うもの。端午の節句は、もともと中国の風習で、薬草を摘んで沐浴したり、ショウブを浸した酒を飲んで厄払いとする行事だった。歌中の「縵」は、ショウブの葉を頭に巻いて飾りにするという意で、すでに奈良時代にあった風習なので、日本への伝来はもっと古い時代になるだろう。平安期には、五日の節会という宮中行事があり、参列する者は下賜の菖蒲縵を頭にいただき、薬玉を賜ったという。薬玉は、沈香、丁子を玉にして錦の袋に入れ、ショウブやヨモギを添えて五色の糸を垂らしたものだったという。これらの風習は、いずれも薬効のある植物を象徴的に扱うことで、病気や厄災を祓い、健康安全を願ったもので、いかにも自然との関わりを大切にしてきた日本的な風習と言えるだろう。
 冒頭歌にはホトトギスが登場するが、あやめ草を詠み込んだ歌は集中11首で、そのうちホトトギスを伴っている歌が6首もある。ホトトギスは節句のあやめ草とともに、さわやかな初夏を象徴する生きものとして愛好されたたのだろう。特に、巻十八・4101の長歌「・・・ほととぎす来鳴く五月のあやめ草・・・」は、新古今集でも本歌取りされており、この組み合わせは万葉以降もさかんにもてはやされることになった。また、ホトトギス同様にタチバナ(橘)の組み合わせも多く、集中4歌がある。これは、タチバナはショウブとともに薬玉として厄を祓う呪物として尊重されてきたものだ。
 ここにあげた万葉の花「菖蒲草」はサトイモ科の植物で、読みが同じでまぎらわしいのだが、美しい花を咲かせるいわゆる例のアヤメ科とは全く別の種。漢字が「菖蒲」で「アヤメ」と読み、しかもアヤメ科の植物の花がどれも似かよっていながら、呼び名がたくさんあるのでなおややこしく感じられる。ちなみに、ショウブの学名はAcorus(属名)で、その意は何と「美しくない」!一方のアヤメ属の方はアイリス(Iris)として広く知られているところだが、こちらは「虹のように美しい」の意。見かけのポピュラー度ではだいぶ引けを取るが、見かけより中身、葉の香気成分に加え、根は胃に効く漢方薬ともなるショウブは、和風ハーブとして今後あらたに注目されることもあるやもしれない。
あやめぎさを詠んだ歌
 ほととぎす待てど鳴かず菖蒲草 玉に貫く日をいまだ遠みか
大伴家持 巻八 1490  
 ほととぎす今鳴き初む菖蒲草 縵くまでに離るる日あらめや
大伴家持 巻十九 4175 
 白玉包みて遣らば菖蒲草 花橘に合へも貫くがね
大伴家持 巻十八 4102 
管理者『妬持』の声
 もともと各地の沼地に自生しており決して珍しいものではないとは言いますが、花の撮影となると苦労は必至、長靴は必需品です。端午の節句に購入したショウブの切り株を庭のため池に投げておいたら根が張りだしました。魔よけショウブだけあってなかなか生命力旺盛のようです。
「参 考」万葉植物辞典(山田卓三 中嶋信太郎・北隆館)

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