万葉の花とみどり
ふ ぢ  藤  フジ

 藤浪の花は盛りになりにけり

奈良の都を思ほすや君 
 大伴四綱 巻三・330 
『読み』ふじなみのはなはさかりになりにけり ならのみやこをおもおすやきみ
歌意』波打つように咲く藤の花が真っ盛りで美しい。この藤のように栄える奈良の都をお思い出しなりませんか。
長いものだと50−60pはあろうかと思われる花房
花が波打つ藤浪
 歌は作者大伴四綱が防人司次官として太宰府に赴任中、奈良の都を想い懐かしんだもの。「君」は長官大伴旅人で、上司に問いかけるようなかたちになっている。冒頭の「藤波」だが、万葉集の藤を詠み込んだ歌二十数首のうちの多くは「藤浪」の連語として表現されている。藤浪とは、花房にたくさんの花が波打つように付くのと、樹全体にたくさんの房が群がっているようすを表現したもの。成長が早くツルを巻くように広がるので日除け向けの樹木なのは知っての通り。寿命も長く、樹齢数百年を数える藤も珍しくない。各地歴史ある寺社の藤には観光名物化しているところも多いに違いない。
 近所でも藤を庭に植えている方は少なくないが、日除けに良いと思ったものの、やはり成長の早(広がり)さには閉口気味。それでも五−六月になり藤棚から花穂が垂れてくると、縁側はまるで別世界になったように感じられると聞く。
管理者『妬持』の声
 冒頭歌の作者は大伴家で、藤原氏には散々の目に遭わされるわけですが、わざわざ「盛りの藤」を懐かしく思うという歌意は嫌味ではないのかと考えるのはちと考えすぎですかね?
 ホームページに藤の記事を掲載してすでに数年、毎年時期を逸してまともなフジの写真を取りそこなっておりました。そうこうしているうちに、鉢から育てた我が家の藤がようやく花を付け、その画像を納めたものです。それにしても、蔓の伸びの早いこと。気づくと、すでに藤蔓があちこちにからまり、いづれ収集のつかない状況になるは明白。これがブドウの房なら食えるのになあと・・・。
  大伴妬持