万葉の花とみどり

 は ぎ 
芽子 波疑  ハギ

後れゐてあれはや恋ひむ稲見野の
     秋萩見つついなむ子故に
               阿倍大夫 巻九 1772 

『読み』おくれいてあれはやこいむいなみのの あきはぎみつついなむこゆえに
『歌意』私はあとに残り、あなたを恋しくおもうことでしょう。ここ稲見野に咲く萩の花を眺めながら去っていってしまうあなたが故に。



庭先のミヤギノハギ近接画像:意外に色濃く可憐


万葉の花の題材数第一位
 数多くの花とみどりが詠み込まれている万葉集の中で、ハギを詠んだ歌は142首を数え、集中最大数を誇っています。(第二位は梅の119首) ハギが日本の秋の野山を代表する植物として、いかに親しまれてきたのかがわかります。山上憶良の秋の七種の最初の花も、ハギから始まっています。秋の風物として観賞はもちろんのこと、生活に深く根ざした植物として、薬草、かざし挿し、牛馬の飼料にまで使うなど、万葉人はよほどこの植物が好きであったのでしょう。特に、細い茎に赤い小さな花をたくさんつける姿は、控えめながら逞しさも持ち合わせ、その紋様が多くの高度な美術工芸品に取り入られられてきたことからも、長らく日本人好みの花であることが伺えます。また、特に巻八と巻十にはハギの歌が多く詠み込まれ、その大部分が作者未詳のものであることは、身分の上下無く、多くの民衆から愛好されていたことを示すものでしょう。

ハギの語源は
 ハギは秋にくさかんむりと書きますが、これは和製漢字です。漢名は「胡枝子」で、下に垂れ下がるとの意味があります。語源は、葉が小さい歯牙のようであることから「歯木」とする説があり、ハギと歯にまつわる俗言も各地に残っているようです。萩の字そのものが初めて使われたのは、現存するものでは播磨国風土記が最も古く、そこに萩原里という記述があります。かの神功皇后が停泊した際に一夜のうちにハギが大きく育ち、その後多くのハギが育つようになったことから、その地を「萩原」と呼ぶようになったという話が残されています。

ミヤギノハギ:花数多く垂れるように咲
白花種:種類の多いハギの中でも人気が高い


秋の七種の筆頭に
 秋の七種の筆頭に位置するハギは、日本各地に数多くの種類が自生、毎年秋になると全国各地で花を楽しむことができます。ハギというと多くの場合はヤマハギを指すことが多いのですが、関西では標高のあるところでないとあまり見ることはできないとのこと。万葉時代の大和路で見られたのは、ニシキハギかツクシハギだったのではと考えられているそうです。しかし、ハギの花はどれもよく似ていて、正確に判別することはなかなか難しいです。なお、ハギには白花種の白萩があって人気も高いのですが、万葉時代には花の色を詠んだ歌は見あたらないので、白萩の栽培は、ずっと後のことではないかと思われます。

ハギを詠んだ歌
 わが屋戸のひとむら萩を思ふ児に 見せずほとほと散らしつるかも
                  大伴家持 巻八 1565
『読み』わがやどのひとむらはぎをおもうこに みせずほとほとちらしつるかも
『歌意』わが家の庭に群がって咲く萩の花を、うっかり大切なあの子に見せる前に散らしてしまいそうでした。
 
 高円の野辺の秋萩このころのあかとき露に咲きにけむかも
                  大伴家持 巻八 1605
『読み』たかまどののべのあきはぎこのころの あかときつゆにさきにけむかも
『歌意』高円の野に咲く秋萩は、明け方早く露が葉に浮かび浮かび上がる頃にはもう咲いているであろうか

 歌の高円は萩の名所として知られています。家持は特にこの高円のハギを大切に扱っていて、そのことは地名の推定される萩の歌15首のうち高円を詠んだものが8首を占めることからもわかります。高円の宮は、聖武天皇がよく行幸した場所で、天皇を心より慕う家持の情が表れたもの。次の笠金村集の歌にもやはり高円が詠み込まれています。
 高円の野辺の秋萩いたづらに 咲きか散るらむ見る人無しに
                   笠金村集 巻二 231
『読み』たかまどののべのあきはぎいたずらに さきかちるらむみるひとなしに
『歌意』高円の野に生えてる秋萩は、むなしく咲いて散っていることであろうか、見る人もいなくなった今も…。
 これは、金村が志貴皇子葬送の際に詠んだ挽歌で、ここでもやはり高円の地のハギが歌われています。
 また、万葉集には、鹿や雁、露とともに詠み込んだ歌が多く、ハギを鹿の妻と見なして「花妻」という表現が用いられているものもあります。
 わが岡にさをしか来鳴く秋萩の 花妻問ひに来鳴くさをしか
                     大伴旅人 巻八
 歌意としては、旅人の私の住む岡に鹿がやって来て、初ハギを妻にしようと鳴いているということくらいになります。

 わが屋戸の萩の花咲く夕影に 今も見てしか妹が姿を
             大伴田村大嬢 巻八 1622
 この歌の「妹」「恋」は男女間恋愛を詠んだものではなく、姉が妹を慕い、贈ったものです。作者大伴田村大嬢(おほをとめ)は、大伴旅人の弟である宿奈麻呂の娘で、異母妹の坂上大嬢に親愛の情を抱いていました。ちなみに、田村大嬢は、万葉集に八首の歌を残しているがそのすべては、妹の坂上大嬢に贈ったものです


管理者『妬持の声』
 私は、数あるハギの中でも、しだれて地に這うように咲くミヤギノハギが特に好きです。写真のとおり庭のハギは、まだ申し訳ないくらいの花数しか見られませんが、数年で山吹に負けないくらいのしだれ花に育つことでしょう。ミヤギノハギは、昔から鑑賞用に庭園に植えられてきたようですが、この花は宮城県花としても知られています。ちなみに私はかつて宮城県に住んでおりましたが、仙台銘菓に「萩の月」という、カスタードクリームをカステラでくるんだモダンな和菓子がありました。帰郷する際のおみやげはいつもあれ。そういえば、包装のデザインは、月をバックにしだれて咲くミヤギノハギが描かれていました。

 
大伴妬持