万葉の花とみどり
このてがしは  古乃弖加之波 コノテガシワ
 奈良山のこのてがしはの二面に
かにもかくにも侫人のとも  
消奈行文 巻十六 3836 
「読 み」ならやまのこのてがしわのふたおもに かにもかくにもねじけびとのとも (せなのぎょうもん)
「歌 意」奈良山に生えているコノテガシワが両面で裏表が一つであるように、誰彼かまわずへつらう人達がいるものだ。

ヒノキに似た常緑樹:手のひらをたてにしたような葉が特徴
葉を子の手のひらに見立てる
 葉の両面がどちらから見ても同じように見えるのと同様、誰彼かまわずどちらにも良いようにふるまう人間を批判した歌です。いつの世にも、誰からも良く思われ愛されたい、八方美人的な行動様式を持つ人がいるもの。自己といういうものを持たず優柔不断、誰かが主張するとすぐにそれはいいと相づちを打つ。しかし、周囲に迎合しながらも機を窺い、世渡りがうまいからかえって始末が悪い。作者の消奈行文は武蔵国高麗郡にいた学者で我が国最古の漢詩集『懐風藻』にも詩二篇を寄せていますが、気むずかしくもプライドの高い一面が伺えます。高麗郡にはその名の通り大陸からの帰化人が多く居住しており、行文その一族であったといわれています。
 コノテガシワは、ヒノキに似た常緑樹で、葉が手を縦にしたように付く。葉が立っているので、光合成をする上では非効率的という感じがいたします。しかし、確かに左右両面から葉を眺めることができ、子供が手を開いたように並ぶので、そのネイミングもなるほどと納得がいくものです。常緑樹として公園や街路樹、生け垣として割と良く目にする樹木ではないでしょうか。
 ところで、画像にある現在コノテガシワと呼ばれるものですが、牧野氏の資料によれば、この種は奈良時代に自生がなく、江戸期に帰化したものとされてきました。万葉時代の「このてがしは」に比定するのはどうかと言われてきましたが、最近は資料の解析が進み、大貫茂(多くの万葉植物関連の著作物あり)のように渡来の時期をかなり以前に持ってくる傾向もあるようです。
管理者『妬持』の声
 確かにいます、あっちでしっぽ振り振り、こっちで振り振りのポチさん達。彼らは、どっちつかずというより、どっちでも良か良かなんです。歌は、左右両面が同じように見えることを節操のない人物に目立て批判したようですが、裏表のない人物という見方もできないことはないから人間の評価とは難しいものです。結局は、ご本人の趣味嗜好が合う合わないというレベルの話なのでしょうが。

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