万葉の花とみどり
く は   桑 柘  クワ
 
 筑波嶺の新桑繭の絹はあれど
      君がみ衣しあやに著欲しも
                東歌 巻十四 3350 

『読み』つくばねのにいくわまよのきぬはあれど きみがみけしあやにきほしも
『歌意』筑波山の新しい桑の葉で飼った蚕の繭糸で作った絹は確かに良い物ですが、私はあなたの身につけた衣が無性に恋しいです。



初夏にブドウのような房を付ける

着衣に気持ちを添えて
 当時の着衣の繊維は麻が主流(木綿はもっと後)で、桑の葉をエサにした蚕から採れる絹綿はたいへん貴重なものでした。その上等な高級品よりも何よりも、相手の肌のぬくもりが感ぜられるその着衣が欲しい…。万葉時代は、長旅に出るといつ戻ってこられるか本当にわからないもので、今この別れが、永遠の別れとならないとも限りませんでした。古代の人々は、親しい男女間で別れの際に下着を交換するという習慣があったようで、互いの気持ち(命?)を着衣に添えて渡すという意味があったのでしょう。
 蚕の飼育に必要なエサとなる桑は、古代より全国各地で広く栽培されていました。絹糸をはき出す蚕は、「お蚕様」などという尊称で呼ばれており、織られた絹布は基軸通貨と同様の価値を持っていました。蚕の漢字も、天の虫から構成され、まさしく天が与えた使いの虫です。しかし、近代まで続いた養蚕業も、植民地での合理的経営と合成繊維の登場によって完全に廃れてしまいました。今や桑畑の姿は限られた地域でしか見られず、画像も川縁に自生していたヤマグワらしきを撮影したものです。

くはを詠んだ歌
 なかなかに人とあらずは桑子にも ならましものを玉の緒ばかり
                  
作者不詳 巻十二 3086 
『読み』なかなかにひととあらずはくわこにも ならましものをたまのおばかり
『歌意』なまじ人間として生きていくよりも、いっそのこと蚕にでもなったほうがましだ。蚕の命は短いけれども。

管理者『妬持』の声
 赤とんぼの歌に「〜山の畑のクワの実を〜小かごに摘んだは〜いつのお日いか〜」がありました。地方によっては「ドドメ」とも呼ぶそうで、深い赤い色の方を特にドドメ色と呼ぶことも。学校や公園に植栽されていることも多く、色の薄いものは酸っぱかったなあという記憶が呼び起こされるあなたは、豊かな自然環境の中で子ども時代を過ごしたに違いありません。


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