万葉の花とみどり
く り   栗   クリ
 三栗の那賀に向かへる曝井の
絶えず通はむそこに妻もが 
作者不詳 巻九 1745 
『読み』みつぐりのなかにむかえるさらしいの たえずかよはむそこにつまもが
『歌意』那賀郡の曝井の水が絶えず湧き出るように、通っていこうと思う。そこに妻がいてくれればよいのに。

6月、長く薄黄色の穂花を伸ばしてくる。
三個の栗が「中」かかる・・・歌の題詞には那賀郡の曝井とあり、常陸の国、現在の水戸市愛宕町滝坂の泉とされています。三栗は、くりクリの実がいがの中に通常三個ほどが入っていることからくる枕詞で、栗の中(那賀)に向かい合っている実のようなあの曝井の水が湧き出るように・・・とつながります。「妻もが」の「もが」は〜であって欲しいという願いを表す言葉で、そこにいとしい妻がいれば絶えず通い続けたいとの意になります。「三栗」を用いた歌は他にもあり、次の歌でもやはり「中」にかけて詠み込まれています。
松反りしひてあれやは三栗の 中上り来ぬ麻呂といふ奴 柿本人麻呂 卷九 1783
 歌の「中上り」とは、国守が自らが治める国の様子を朝廷に報告するために一時的に都に上ることです。麻呂という男は忘れているのか、ぼけてしまったのか、任地から一時的にでもこちらに寄ることもしないで・・・と、相手をなじったものでしょう。

普段はあまり気に留めないが、この時期のクリ林は意外に華やかだ。
古代巨木信仰の柱
 クリは古代の遺跡に意図的に植えられた跡が数多く見つかっており、縄文の狩猟時代から貴重なカロリー源として大切にされてきたらしい。縄文遺跡の中でも、特に青森県の三内丸山遺跡では、大型の堀立柱構造のやぐら跡が発見され、その柱には何と直径1mを超える巨大なクリ材が使われている。しかも、その6本柱でできた巨大構築物は、世界史上屈指の古代文明に匹敵する工法で作られており、クリの木が古代の巨木信仰の重要な位置を占めていたことが次第に明らかになってきている。
 クリには多くの品種がありますが、主に大型の実をつけるものを「丹波栗」、小さめを「草栗」として区別しているようです。六月頃、薄黄色の長い花穂を伸ばし、意外に強い香を放ちますが、花穂の基の部分に雌花があり、開花後に「イガ」を形成して大きくふくらんでいきます。

管理者『妬持』の声

 「三栗」なら、クリの実がぱっくり割れているところの画像を紹介すべきでしょう。私もそう思っていたのですが、なかなかその機会に恵まれず、秋も終わりを向かえることになっていまいました。山ほどもあるクリの実であっても、李下に冠を正さずです。収穫時に不用意に栗林に入り、ドロボウに間違えられでもしたら、それこそ笑い事ではありません。今回は、普段気に留めないクリの花の画像でとりあえず我慢して頂くことになっていましました。

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