万葉の花とみどり
 も も  桃  モモ

桃花褐の浅らの衣浅らかに
    思ひて妹に逢はむかも

            作者不詳 巻十二 2970

『読み』つきぞめのあさらのころもあさらかに おもいていもにあわむかも
『歌意』桃染めの色の浅い着物のようにあっさりと軽い気持ちであなたと逢ったりするものですか。


魔除け幸福祈願の象徴
 歌は、気持ちの淡泊なことをモモ染めの淡い色というように表現しています。現在は、上品美味な果物の代表格となっていますが、弥生時代の遺跡から種子が発見され、食べ物としての歴史は相当古いようです。万葉当時にはすでに染色用としても育てられ、モモの浅染めは奈良時代すでに衛士などの下級役人の服色に定められています。モモの字は木に兆と書き、兆はたくさんの実という意味にとれば子孫繁栄、永遠ととれば長寿、いずれも幸福への願いを象徴する果樹として古来より好まれてきました。中国では果物の王様とされ、理想郷を「桃源郷」と表現したり、桃の花を浸した酒を飲んで長寿を願う「桃酒」など、中国文化と深く関わっているエピソードは少なくありません。桃から生まれた桃太郎が鬼退治をする話も、桃の木に魔よけの力があることがベースになっていますし、古事記にも、黄泉の国から逃げ帰った伊邪那岐命(イザナギノミコト)が、黄泉比良坂(よもつひらさか)で桃の実を三つもぎ取って黄泉軍を追い払う話があります。桃の節句であるひな祭りも、桃酒と人型を水に流して清めるとういう行事と結びついたもので、長寿と子孫繁栄を願う中国思想が根底にあるものと考えられます。

魔除け花数多く楽しみ多い果樹
 
春先に付ける花の数の多いこと。こんな身の丈小さい庭木でさえ、このとおり。花も実も楽しめる果樹であることがわかります。中国黄河上流原産とされ、表面に毛があるか無いかで大まかな分類ができます。次の歌の中では「毛桃」とありますが、これは表面に毛が生えている普通の桃のことで、毛が多いからもも(毛毛)という呼び名がついたという説もあるほどです。

わが宿の毛桃の下に月夜さし 下心良しうたてこのころ
                     巻十 1889
 植物博士の牧野富太郎によれば、かつては現在のヤマモモを単にモモと呼んでいたが、後に大陸から入ってきた大型の種がそれに代わったものであるとしています。江戸以降には、観賞用の種類で花桃と呼ばれたものが改良種としてたくさん出回るようになりました。開花は4月上旬、桜よりやや遅れて咲き始め、開花期間は二週間ほど。桃の節句用に売り出されているものは三月三日のひな祭りにはとても間に合わないため、開花調整をしているとか。
 次の家持の歌(春の〜)は、有名な越中時代の作品で、若い女性の美しさを桃の花に見立てて詠み込んでます。

春の苑紅匂ふ桃の花 下照る道に出で立つ娘子
                   大伴家持 巻十九 4139 

芽を摘み忘れて放置していたら果実がツイン状に  園芸種「源平桃」と呼ばれているもの


管理者『妬持』の声:モモというと思い出されるのは、子供の頃、病気で寝込むと母親がよく食べさせてくれモモの缶詰、とろけるようなあの甘み。生のモモは高価でとても口にすることはできかったわけですが、あのシロップ漬けの味こそがモモの味として刷りこまれているようです。さすがに生のモモは食べるたび美味しいとは思うのだけれど。味を「感じる」のは舌ではなくて、「脳」なのかなって思うわけです。


TOPページ→ 大伴妬持