万葉の花とみどり

なでしこ  石竹花 矍麦 撫子  ナデシコ
 
 秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑし 
    秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑし 
                大伴家持 巻三 464

『読み』あきさらばみつつしのえといもがうえし やどのなでしこさきにけるかも
『歌意』秋になったら、咲いた花を観て私のことを思い出して下さいと、妹が宿の前に植えた石竹花が、今見事に咲いていることだ。



秋の七草として親しまれた。五月末頃から咲き始め、夏は少し休んで、秋にまた元気になる。


繊細かつ上品な花
 撫子と書いてナデシコと読む、植物としての一般名称はカワラナデシコで、本来はこの種が本家。花好きの家持が最も愛した花のひとつで、この花を数首詠み込んでいます。当時すでに観賞用として庭先に植えられ、秋の七草として古くから親しまれてきた種でもあります。優美なことこの上なく、品種改良が加えられているのではないかと思えるほど造りが繊細で、鑑賞花としての完成度が高い花です。上品な日本女性を示す代名詞「大和撫子」は、この花に由来するのですが、一目ですぐに納得できてしまいます。憶良が、秋の野に咲く七草としているくらいなので、かつては日本各地の草原で普通に目にすることができたのでしょう。大和の国にはこれほどの誇るべき「美種」が存在していたのです。しかし、今やナデシコといえば、たいていの人はホームセンターや園芸店で見かける、例の唐ナデシコや西洋ナデシコを思い浮かべることでしょう。女性代名詞としての「大和撫子」の方と同様、今や隅に追いやられ窮地にあるこれらの稀少種を、誇りを持って愛で育てていきたいものです。


管理者『妬持』の声
 「大和撫子」は、人生に疲れを感じ始める年頃の男性にとり、特別な郷愁を想起させる名詞であります。一方、日々力を増長し始めた昨今のご婦人方には、最も敵視される名詞ともなるから世の中難しい。まずナデシコが「撫子」と読まれて、大和女性の象徴というのが問題で、女は「男に撫でられる」存在ではないということらしい。しかし、女性の地位向上だの何だので「大和撫子」がやり玉に挙げられていた時代はまだ良かった。今や、その対象とすべき存在そのものが希薄、せいぜい優美なカワラナデシコに大和の乙女の姿を見いだすのが精いっぱいなのですから。


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