万葉の花とみどり
な し  梨    ナシ
 黄葉のにほひは繁し然れども
妻梨の木を手折り挿頭さむ 
作者未詳 巻十 2188 
『よみ』もみちはのにほひはしげししかれども つまなしのきをたおりかざさむ
『歌意』もみじ葉は美しく繁っているが、私は地味な梨の枝を折って頭に挿そう。

春にたくさんの花をつける。純白の5弁花が美しい。
なしを梨にかける
 歌は、妻を亡くし失意にある夫が嘆き悲しみ、妻がいないことを梨の音にかけた、古典的なだじゃれか。今は独り者の自分は、紅葉のようにはでな葉ではなく、控えめで地味な梨の葉をかざしにしようと、寂しげな気持ちを歌にしたものだろう。春の白花や夏の果実ではなく、紅葉の時期に色づく葉が詠まれているのは意外。しかし、梨の葉が秋の紅葉として詠まれていたことは次の家持の歌から推察することができる。
十月時雨の常かわが背子が やどの貴葉散りぬべく見ゆ
大伴家持 巻十九 4259
 この歌には梨の語は含まれていないが、後注に梨の黄葉を見てこの歌を作れりとあるので、十月(神無月)に紅葉する梨の葉を題材にしていることがわる。また、次の歌では明確に梨の葉が色づくことが詠み込まれている。
露霜の寒き夕の秋風に もみちにけりも妻梨の木は
作者不詳 巻十 2189
 もちろんこの歌は、冒頭2188番の歌を意識したものに違いないが、寒い時期の秋風ですっかり葉が「もみじ」したと表現している。

みずみずしい果実をつけるが容易に高木化するので宅地では管理がたいへん
 梨は初夏に花をつけるのだが、花数の多さは桃に引けを取らない。美しい白色の五弁花だが、花びらが厚く見えるので色は白でも深みがある。どこなく、クチナシの白い花と共通するものがあるようだ。
管理者『妬持』の声・・・我が家の梨の木は2年目にして数個の果実をつけるようになったのだけれど、成長が早く、放置しておくとすぐに容易ならぬ状態になります。頭打ちして縦に伸びるのをなんとか防いではおりますがね。歌では枝を手折り挿頭したとありますが、梨の葉は厚く大きく、どちらかというと落ち葉堆肥向き。いったいどのようにして挿頭したものでしょう?どう考えてもあまり風流な感じにはなりませんね、ましてや作者が「オトコヤモメ」では、想像するのさえ遠慮したくなります。

TOPページ→ 大伴妬持