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紫草の来た道
script by Otomono Yakimoti 大伴妬持
 文献や記録等の資料整理のつもりで始めました。まとまりのあるものになることは期待薄なので、かまわず時代順に年表形式にしてまとめてみることにしました。内容そのものはもちろん、引用(許可等)に問題がある場合はお知らせ下さい。
BC685-春秋戦国時代:斉の恒公を始め、人々が紫衣を好む
 『韓非子』には、古代中国の春秋戦国時代、斉の恒公が紫衣を好み、国の人々が紫染めの服を着、紫衣1枚に対し白い素地5枚が必要であったという。韓非子が、古代中国での紫根染めの
B.C.159-87 前漢で皇帝の色として紫色のをむ
 『韓流行を記録している。
『神農本草経』:ムラサキの原名は「紫草」と記載されている。
『斉民要術』:
『』
『』
『』
文学作品に見る紫草
 ・・・・
伝統工芸作品等に見る紫草
 ・・
 ・・・
信仰・思想としての紫
 その昔、古代中国では木火
昔、古代中国では木火土金水の五つの要素による自然観、いわゆる五行思想が支配的であり、色彩についてもこれら五要素にはそれぞれ、青赤黄白黒を当てはめて考えていました。しかし、周の春秋
魏志倭人伝に見られる「紫綬」
一方、西洋の地中海沿岸、オリエント
帝王紫
 
我が国の場合、書物としての文字は7世紀後半の古事記より始まるので、それ以前の紫の情報は、遺跡物によって知るほかありません。時代を遡ること縄文期、沿岸地方の一部では、貝紫による染色が行わていた形跡がありますが、明確な遺跡物としては、吉野ヶ里遺跡で発見された遺跡物(織物)があります。しかも何らかの方法によって紫色を染め分けていたようで、弥生期における染色技術は決して侮れないようです。

王朝色
 我が国の伝統における「紫色」の場合ですが、古代においては、紫根からとれる色素によって着色される「あの色」を紫色と呼んだわけです。もっとも、媒染の手法により若干の色相の違いがあったのでしょうが、古代においてはそのような手法によって生まれた「あの色」をして「古代紫」と規定したとしか言いようがありません。紫色の濃さの違いを表記した最古の文献は日本書紀であり、聖徳太子が冠位十二階制において、最上位の大徳を深紫に、次ぐ小徳を薄紫というようにしたとあります。時代はぐっと下りますが、平安時代の資料(延喜式)には、階級相応の色の濃淡を出すための必要な紫草の量が規定されています。

また、材料である紫草の栽培地の記録は、正倉院の古資料に見え、

特に朝廷の紫草の栽培直轄地が豊後国(大分県)にあったことが



地域によりかなりイメージに幅があるようです。平安期には藤原一族の影響もあり、伝統的な王朝の象徴としての「紫」にやや薄い「藤色」のイメージが重なったり、江戸期には京の伝統色に対抗する形での深い紫、「江戸紫」といような具合です。

紫という色について
 紫色は、人間が光として感じる波長の最も短い帯域に属する色で、虹色の7色のひとつでもあり、基本色のひとつとしてとして扱われています。かつてニュートンはプリズムを使って太陽光を屈折させる実験を行い、光が波長によりさまざまな色に分かれて観察されるということに気付きました。彼はその帯域の色をヴァイオレットと名付け、そのまま西洋ではその種の色を総称して「ヴァイオレット」と呼ぶようになったと言われています。日本では、ヴァイオレットという呼び名はすみれ色と訳される傾向がありますが、これは一般に青紫色の邦産のスミレや西洋種のパンジー、ヴィオラなどの花のイメージが刷り込まれていることもあるようです。ここでいう「すみれ色」はどちらかというと青みがかかった深い紫色ですが、色のイメージを文字で表現することはいろいろ誤解が生じやすくなります。試しに紫色をしている物をいくつか例をあげてみればわかりますが、野菜のナスを紫色と表現することもあればサツマイモの表皮に対しても同様に言い切ってしまうこともあります。物理現象の色帯とは別に感覚としての色は、対象となる事物のイメージと一体を成すことが多く、これが「色」の表現の難しさでもあり、絶妙な側面でもあるわけです。
 大体にして、色という「もの」(?)は電磁波の可視光に属する帯域の光のうち、さらに一部の光が物質の反射吸収を受けた結果、我々が「色のついた光」として感知しているに過ぎないものです。この物理現象で生じたものは「形」や「重さ」がなく、手の感触で確かめるとか、匂いを嗅ぐとかができない不安定なシロモノであります。もっとも、人間の感覚のうち、唯一眼で判別できるというものの、それはまさに感覚的尺度に依り、ほとんど主観の支配する領域と言っても過言ではありません。例えば、ある人が「青い」という表現を用いたとしても、それが空の青なのか、ヒトの顔が蒼白になるのか、野菜の青々(緑色なのにややこしい)としている様子を述べたものなのかは、その都度それぞれの状況や背景により、感じ方が大きく違ってくる。ましてや、古代の「色」を語る際は言わずもがなで、遺物そのものと表現としての文献があったとしても、その染料なり顔料なりの製法を正確に再現してみないことにはどうにもはっきりしてこないものなのです。
「参 考」
 ムラサキの観察と栽培(大滝末男 ニューサイエンス社・グリーンブックス)
 色染めと色彩(前田雨城 法政大出版局)
 日本の色を染める(吉岡幸雄 岩波新書)
 色の歴史手帳(吉岡幸雄 PHPエル文庫)
 万葉集にみる食の文化(一島英治 裳華房・ポピュラーサイエンス)
 日本の伝統色(福田邦夫 日本色彩研究所 読売新聞社)

 天藤製薬 http://www.borraginol.com/corp/index.html
・万葉集を象徴する花:「紫草」の保存活動のページ
・万葉の花「紫草(むらさき)」のページ
・紫草関係のページ
ムラサキ草データベース
大伴妬持 yakimoti_ohtomo@mail.goo.ne.jp