仙覚万葉人物伝  仙覚ゆかりの人々
土屋文明   1890(明治23)〜1990(平成2)
仙覚を歌に詠んだ歌人:昭和初期、小川町を訪れた際に、仙覚の功績を称えた歌を多首残しています。紹介の歌からは、文明が小高い丘を登って、ようやく遺跡を眼にしたときの感動がいきいきと表現されています。歌中の「空濠の跡」「土手」「雑木芽深」「菫ぐさ」などの言葉は、実際に足を運んでみるとより一層その思いが迫って感じられます。
【土屋文明の作品『春郊行三』より】(短歌研究第二巻第五号)昭和八年五月
岡の上に仙覚律師の碑を求め めぐりて空濠の跡にいたりぬ
濠を切り土手を高くし安からぬ 世にいきつぎて来しぞ思ほゆ
古の人の切りたる濠のあと 雑木芽ぶかむ菫ぐさ咲きぬ
v安からぬ世にありありて万葉集 一生読みつつ過ぎけむもかなし
仙覚がひとつの跡の石井の水 春早き草の茂りにながる
 また、文明は万葉集に詠まれたムラサキ草に異常な関心を寄せています。『万葉紀行 蒲生野』では、野生の紫草を求め、わざわざ夜行列車で蒲生野まで出かけていった記事とともに、ムラサキ草の栽培についての詳しい考察を残しています。
【土屋文明の作品『万葉紀行 蒲生野(1983筑摩書房)より引用】
NPO法人『仙覚万葉の会』