万葉の花とみどり
すみれ 須美礼  スミレ

春の野にすみれ摘みにと来し我そ
     野をなつかしみ一夜寝にける

               山部赤人 巻八 1424

『読み』はるののにすみれつみにとこしわれそ のをなつかしみひとよねにける
『歌意』春の野原にすみれ摘みにやってきた私だが、そこがあまりに親しみを感じたもので、うっかり一晩寝あかしてしまいました。



濃紫色、いわゆるすみれ色の花が一斉に咲く


濃紫色の五弁花
 
スミレを取りに出かけたところが、花摘みそのものが楽しくなってしまい、そのまま一夜を過ごすことになってしまったというような状況でしょう。大和の春とはいっても、スミレが咲く時期なので、野原でそのまま野宿というのではなく、おそらくはどこかで宿をとったに違いありません。万葉歌人は自然との触れ合いを好み、心の細やかさを多くの歌に残していますが、特に山部赤人のこの歌には歌人達が共通して持っている自然への情愛が象徴されているように思えます。
 スミレは、少しずつ緑が芽吹きはじめる四月初旬、枯れ野原の上にあちこちに濃い紫を点々を見せ始めます。特に、スミレ属のスミレは濃紫色の五弁花でたいへん美しく、遠目では紫の花が宙に浮いた感じに見えます。「おや?」と思って近づいて、うつむきかげんに咲く可憐なスミレを見い出した…こんな春の情景が詠み込まれたものでしょう。



名は墨入れに由来
 
スミレの語源は大工道具の墨入れ(墨壺)の形に似ていることに由来するそうです。古来より知られた野草の花の形が、大陸より輸入されてきた大工道具の形にたまたま似ていたので、そのままスミレの名が定着していったそうです。スミレの仲間は多く、日本に自生するものは、細かく分類すると100種をゆうに超えるとも。また、スミレは古くから食されていたらしく、青菜の色和えやおひたし、ご飯にまぜて色を楽しんできたといいます。できものや腫れ物に対する薬効もあるそうです。
 万葉集にはスミレを詠んだ歌が4首ほど入っていますが、次の高田女王の歌はタチツボスミレを扱ったものです。タチツボスミレは日本全土に見られる花ですが、食用には向かず、ここでは花の美しさそのものが詠みこまれています。

 山吹の咲きたる野辺のつぼすみれ この春の雨に盛りなりけり
               高田女王 巻八 1444 


管理者『妬持』の声スミレは芝生の合間ににょきにょき芽を出してくるし、石ころだらけの空き地でも群生しているところを見ると、かなりたくましい宿根草と思っていました。しかし、プランターへ移植を試みたところほとんどが失敗。やはり、タネからの自然な発芽がよろしいようです。花楕円形の果実ができ、熟して三つに裂けて種が飛び散るので注意です。さて、冒頭の歌なんですけど、スミレ摘みにやって来てそのままうっかり夜明かしなんてことあるんですかね。スミレのような可憐なあの女の人に魅せられて、うっかり、本当についうっかり、朝を迎えてしまったのではと…。


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