万葉の花とみどり
たまばはき 多麻婆波伎 コウヤボウキ
 初春の初子の今日の玉箒
  手に執るからにゆらく玉の緒 
大伴家持 巻二十 4493 
『読 み』はつはるの はつねのきょうの たまばはき てにとるからに ゆらくたまのお
『歌 意』新春の今日、玉箒を手に持って掃くと花の部分がゆらゆらと揺れるので、それがまるで玉の緒のようです。
ぽんぽんのような白い花で、中心はやや赤みがかかっている。(10月撮影)
床を掃き清める箒にちなむ
 歌の前文には、天平宝宇二年(758)の正月の宴会にて、時の権力者藤原仲麻呂が勅命を受け参加者に歌を差し出すよう促したとある。この時、大伴家持が作ったのが冒頭の歌で、正月初めの子の日(旧暦初めの日)の今日に、手に取った玉箒の玉が揺らいでいる様子を歌にしたもの。玉は魂、すなわち命や寿命を表現するもので、その命運が揺らいでいることをめでたい年賀の歌として詠んだわけだ。家持は、やはり翌年の年賀に因幡守として万葉集最後の歌「新しき年の初めの歌」を詠んでいるので、何やら深読みしたい気持ちになる歌でもある。
 コウヤボウキという植物名は、高野山でこの植物の枝を束にして箒を作っていたことに由来するらしい。歌中のゆらゆらと揺れる玉は季節的には飾り物だろうから、もともと箒の素材として使われてきた植物の花をイメージして玉飾りをつける習慣が生じたのだろうか。それとも、箒の先に付けた玉飾りが揺らめいて見えるような実際の植物を箒の素材としたものか、判然としない。

<たまばはき>を詠んだ歌
たまばはき刈り来鎌麻呂むろの木と 棗が本とかき掃かむため
長忌寸意吉麻呂 巻十六 3830 
「歌意」玉箒を刈ってこい鎌麻呂よ、むろの木となつめの木の下を掃除するから・・・。

管理者『妬持』の声

 
玉は魂であり、正月のめでたい日に魂を掃き集めるというまじない的な意味を持つ箒を飾った・・・また万葉の奥の深さを思い知らされる歌でもあります。画像はたまたま晩秋に山道を散策している時に撮影したものですが、万葉歌を知らなければ、気に留めることはなかったでしょう。よく観察すると中心が赤みかかっていてなかなか愛らしい花であります。
 大伴妬持 Otomono Yakimoti